Technology Online 掲載記事
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/EVENT/20150619/424107/
<原文>
【SID】量子ドットが巻き起こした色域拡大競争
Cd対応および既存技術との駆け引きが行方を左右する
米国San Jose で開催されたDisplay Week 2015(SID国際会議やビジネス関連の会議を含む一連のイベントの総称)では、ディスプレイの色域拡大がホットな話題であった。これまでディスプレイ技術は、大画面化、高精細化、薄型化、軽量化、低消費電力化を目指して進化を続けてきた。このディスプレイ技術に新たな要素として「広色域化」が加わった。この背景には、ここ2・3年急速に進んだスーパーハイビジョン化での新たな色域規格への対応があり、この議論に火を付けたのが量子ドット(QD)である。更に今年は、量子ドット以外にも新たな蛍光材料を使った高演色LEDやレーザダイオードによる「広色域化」の動きも加わり、これまで「広色域」を売り物にしてきた有機ELも交えた色域拡大競争が、今後激しさを増していくことになる。
注目されている量子ドットでは、2013年に液晶TVに搭載された製品が市場に出され、この年のSIDでも発表が相次いで大きな注目を浴びた(関連記事:http://techon.nikkeibp.co.jp/article/EVENT/20130527/283864/)が、昨年はカドミウム問題でトーンダウンする気配もあった。今年は一転して、この問題を乗り越えて量子ドットを広めていこうという雰囲気が各社の発表や展示から感じられた。
技術とビジネスの両面からディスカッションされた量子ドット
Display Week 2015全体での量子ドットに関する動きを纏めると下記の様になる。本来、技術を追求する国際会議であったSIDも、近年はビジネス面からの議論も活溌に行われている。ベンチャー企業を育てる風土を持つアメリカならではの会議である。
- 「基調講演」で、中国TCLが量子ドットを使った広色域液晶ディスプレイを紹介(関連記事:http://techon.nikkeibp.co.jp/article/EVENT/20150609/422280/?ST=fpd)
- 技術論文の発表の場である「Symposium」では、量子ドットをテーマにした3つのセッションが設けられ10件の論文が集中的に発表された。また、他のセッションでの単発的な発表やポスターセッションでも数件の量子ドットに関する発表があった。更に、量子ドットを使わずに高演色LEDやレーザダイオードなどで広色域を実現する技術の発表も多々あり、「広色域化」競争の高まりが感じられた。
- ディスプレイ産業の動向と事業の方向性を議論する「Business conference」 で、量子ドットや広色域に関するプリゼンテーションとパネルディスカッションが行われた。
- ベンチャー企業が投資家にアピールする場である「Investors conference」では、量子ドット材料メーカのトップ3社によるプリゼンテーションとパネルディスカッションが行われた。
- 「展示会」では、BOE、CSOT、天馬の中国パネルメーカを始めとして、材料メーカ、フィルムメーカなど多くの企業が量子ドット技術や広色域化技術のデモを行った。
- Symposium開催前々日の「Short Course」、前日の「Technical Seminars」 でも量子ドットに関するTutorial的なプログラムが盛り込まれた。「Symposium」では量子ドットの様々な可能性を議論②のPhotoluminescence QDは、液晶ディスプレイに応用されているモードであり、QD材料メーカトップ3社であるNanoco, QDVisionおよびNanosys(3Mと共著)からそれぞれの材料の特徴と液晶ディスプレイへの応用について報告された。このセッションでの論点は、Cdに対する是非である。Cd freeを前面に出すNanocoに対して、Cdを使っている他の2者は、Cdを使うことによってより色域拡大や電力効率での高い性能が得られること、またCdは安全規制範囲内の微量であり、製造時に慎重な取り扱いをしていることなどから、QD製品の安全性を強調した。 この両Conferenceでは、ビジネス面から量子ドットの可能性、ビジネスの方向性などが議論された。ポイントは、量子ドットを使うメリット、OLEDとの比較における量子ドットの将来性、価格、各社の取り組み等々、登壇者および会場の参加者が様々な意見を述べて事業としての可能性が徹底的に議論された。 また、Nanosysは、現在のPhotoluminescence QD だけではなくElectroluminescence QDも視野に入れているが、開発には数年かかると述べたことや、QD Visionは、既に複数の中国TVセットメーカでの採用が進んでいる実績を強調し、今後のビジネスの大きな市場は中国であり「皆で中国に行こう」と呼びかけるなど今後の方向性も見えた内容であった。
- このディスカッションでのポイントの一つが、懸念となっているCdへの対応である。Nanosysは、RoHS指令準拠であり、一定量の生産に対しての認可をEPA(United States Environmental Protection Agency, アメリカ合衆国環境保護庁)から受けたことを明らかにし、その上でCd freeの物は色純度や電力効率が劣る為、現在のCdを使った製品がエネルギー的にも貢献するものであると述べている。尚、Nanosysは展示会場でも、現行製品と開発中のCd free品の比較展示を行って性能の差をアピールした(図1参照)
- 「Business conference」「Investors conference」では、量子ドットビジネスの可能性を徹底議論
- ③のElectroluminescence QDは、有機ELに代わって印刷法で自発光デバイスを作製できる期待がもたれている。課題である材料の発光効率の改善が着実に進んでいる状況が、各講演者から報告された。更に、ディスプレイの表示カラーに関する他のセッションやポスターセッションなどでも、量子ドットに関わる数件の内容があった。
- Symposiumでは、①量子ドット材料、②Photoluminescence QD、③Electroluminescence QDの3つのセッションで集中的な発表とディスカッションが行われた。①の量子ドット材料に関するセッションでは、量子ロッドと呼ばれる棒状の材料の発表がMerck Ltd. とQlight Nanotech Ltd. からあり、高い色純度だけでなく偏向光を発光させることで新たな機能を持たせられる可能性が示された。
量子ドット関連メーカ、パネルメーカの華やかな展示が繰り広げられる
展示会場では、量子ドット関連メーカが、有機ELや従来液晶との比較デモを積極的に行い、中国のパネルメーカ各社も量子ドットを採用したパネルのデモを行った。更に、量子ドットではなく蛍光材料を使って色域を広げる試作品もデモされた(図1~図9)。
図1 NanosysブースでのCd材料の有無による性能差の比較展示
(左)従来の白色LED、(中央)Nanosysの量子ドット、(右)Nanosysが開発中のCd freeの量子ドット、を搭載した液晶テレビの画質比較。中央はRec.2020比で90%の色域が得られるのに対して、左は60%以下に留まる。右のCd freeは電力効率が低下することと色域も75%程度で未だ十分な性能が得られていない。
図2 QD Visionブースでの比較展示の一例
(左)OLED-TVと(右)量子ドット(Color IQ)を採用した液晶TVとの比較。両者ともに65型4Kで、説明パネル記載のNTSC比はOLEDが89%、液晶TVが100%である。この他に、Color IQを採用したセットメーカ数社のパネル展示や従来の白色LEDを使った液晶との比較など多数の展示を行った。
図3 量子ドット適用品などを展示した3Mブース
ブース正面に量子ドットを適用した液晶パネルを置き、その周囲では量子ドット品の特徴をデモ展示。Nanosysの量子ドットを採用したQDEFフィルムを使えば、Rec.2020比で93.7%(NTSC比で141.2%)が得られることをデモ。
図4 韓国LSM社での量子ドット採用フィルムの比較展示
(左)従来の白色LEDバックライトを採用した液晶パネル。(右)青色LEDと量子ドットを使ったQLASフィルムを採用した液晶パネル。性能に関する数値の記載は無い。LMS社は、昨年6月にNanosysと提携し、量子ドットフィルムQLASを上市している。
図5 DNPが展示した量子ドットフィルムの開発品
説明パネルとその下の比較デモで、白色LEDバックライト品と今回開発した青色LED+量子ドットフィルムの物を比較。使用している量子ドット材料メーカなどの詳細は非公開。
図6 Dexerialsは、蛍光材料を使ったシートで色域を高める技術を展示
自社開発の蛍光材料によって、量子ドットを使わなくても、NTSC比を92%まで高められる。(左)新しい蛍光材料を使ったフィルムを搭載と(右)従来品の表示デモ。手前のシートが、蛍光材料を塗ったシート。
図7 BOEの量子ドットを採用したパネル
(左)13.3型、色域はAdobe××%、(左)27型、色域はAdobe××%
図8 CSOTの量子ドットを採用したパネル
55型4K、色域はNTSC比118%で従来品より63%向上と掲載。コントラスト比4000:1。
図9 天馬 の量子ドットを採用したパネル
21.3型QXGA、色域はAdobe RGB 100%。明るさ700Cd/㎡、コントラスト1400:1。医療用や写真画像でデモ。
量子ドットはスーパーハイビジョンの広色域を実現する最有力候補となりえるか
量子ドットがディスプレイ応用として脚光を浴びたのが2年前の2013年であった(関連記事:http://techon.nikkeibp.co.jp/article/EVENT/20130527/283864/)。それ以前のSIDでも動きはあったが、この年にSONYのTVに搭載されるなどの動きがあり、液晶ディスプレイのバックライトに部材を一点追加するだけで色域が大きく広がることに、大きな可能性と期待が一気に広まった。更に追い風として、スーパーハイビジョンに向けた時代の流れがある。これまでディスプレイの色域の基準として使われてきたNTSCは、60年以上前に策定されたアナログ放送の規格であり、時代がスーパーハイビジョンに向かう今、ディスプレイの色域に対する規格も大きく変わろうとしている。この新規格に対して従来技術で実現することが難しかったところに量子ドットが現れた。量子ドットを使えば、Rec.2020規格の100%も簡単に実現できるという期待である。
しかし昨年は、量子ドット材料にカドミウムが使われていることに対する懸念や、まだ開発初期段階で材料コストが高いことなど、採用に対して躊躇する声も多く聞こえ、一方で光源となるLEDチップでの色域改善も進み、この先の道が決して平坦ではないことも認識された。
このように、量子ドットに対して積極的な意見と消極的な意見が交錯する中で開催された今回のDisplay Week国際会議であったが、はからずしも1週間にわたるイベント最終日のSymposiumの締めくくりとなる最終セッションでは、日本企業3社が量子ドットを使わずに広色域表示を達成した内容を発表した。①Panasonicによる「55型8K4KのIPS液晶で、DCI/Adobe RGB (100%)、BT.2020 (82%)を量子ドット以外の手法で実現」、②三菱電機による「レーザーダイオードを使ったバックライトシステムで従来比145%の色域拡大を達成」、③シャープによる「85型8K4KTVに広色域LEDを使った直下型バックライトシステムで、BT.2020 (85%)を達成」、の3件である。
特に、Panasonicの内容は、光源にRG蛍光体のLEDを使うと共に、55型8K4Kという高精細で画素の微細化設計の限界に位置するパネルを、a-Si TFTと駆動方法に工夫を凝らして実現した内容であり、これは、パネルの製造方法も含めて従来技術の延長で高精細化と広色域化の両方を実現できることを示した画期的な内容である。世の中で期待される新技術(例えば、酸化物半導体TFT)に対して、既存技術でも十分に競争力を持つ製品ができることを示したことは、新技術の開発と事業化という視点での議論に一石を投じるものである。このことは、期待される量子ドットという新技術の導入に対しても、実績ある従来技術で着実に改善を図っていくという両者の競い合いが、今後しばらくは続いていくであろう、ということも示唆している。